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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)12472号 判決

原告 馬島千鶴子

被告 同栄信用金庫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件につき東京地方裁判所が昭和四六年二月二五日になした強制執行停止決定を取消す。

四  前項に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、原告が別紙物件目録記載の不動産について東京法務局世田谷出張所昭和四二年二月一四日受付第四七七七号停止条件附所有権移転仮登記および同昭和四五年一月二七日受付第二四二六号二番仮登記の停止条件付所有権移転附記登記に基づく本登記手続をなすことを承諾せよ。

2  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の不動産について東京法務局世田谷出張所昭和四二年四月二六日受付第一四二九九号仮差押登記の抹消登記手続をせよ。

3  被告から訴外小林義雄に対する東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第四、八一二号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づく別紙物件目録記載の不動産に対する強制執行はこれを許さない。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  訴外小林義雄は、別紙物件目録記載の不動産(以下本件不動産という)を所有していた。

2  訴外金田仁栄こと金仁栄は、訴外日本電話工業株式会社(以下訴外会社という)に対し、昭和四一年一二月ころ、金三五〇万円を利息年一割五分、弁済期昭和四二年四月三〇日、期限後の遅延損害金日歩八銭二厘の約定で貸しつけ、昭和四二年二月一三日、当時訴外会社の代表取締役であつた小林義雄との間で、右貸金債権担保のため本件不動産に抵当権設定契約をなすとともに、右債務が期限に弁済されないときは、代物弁済として本件不動産の所有権を金仁栄に移転すべき旨の停止条件付代物弁済契約をなし、これに基づいて、本件不動産に昭和四二年二月一四日、東京法務局世田谷出張所受付第四七七六号をもつて抵当権設定仮登記を、同第四七七七号をもつて停止条件付所有権移転仮登記(甲区順位二番、以下本件仮登記という)を各了した。

3  訴外馬島力は、昭和四四年九月一一日、金仁栄から前記抵当権付債権および本件仮登記上の権利をそのころ小林の承諾を得て譲受け、同年一二月二二日東京法務局世田谷出張所受付第五一四八七号をもつて本件仮登記の停止条件付所有権移転の附記登記をうけた。

4  原告は、昭和四四年九月一一日、馬島力から前記抵当権付債権の元本の一部金八五万円および本件仮登記上の権利をそのころ小林の承諾を得て譲受け、昭和四五年一月二七日、東京法務局世田谷出張所受付第二四二六号をもつて本件仮登記の停止条件付所有権移転の附記登記をうけた。

5  本件停止条件付代物弁済契約は、前記債務の債務不履行を停止条件とするものであつたが、本件不動産には、すでに四二五万円および五〇〇万円の一、二番抵当権が設定されていたので、本件債権の弁済期を当然の停止条件とするものではなく、代物弁済を受ける時期は、債権者が小林と協議のうえ、その意思表示によつて決定することができる約定であつた。原告は小林と協議のうえ、昭和四五年四月一〇日、小林に対し本件不動産を代物弁済により取得する旨の意思表示をなし、同日本件不動産の所有権を取得した。

6  被告は、本件不動産につき、昭和四二年四月二二日、東京地方裁判所において仮差押決定を得(同年(ヨ)第四五九七号不動産仮差押事件)、同月二六日、東京法務局世田谷出張所受付第一四二九九号をもつて仮差押の登記を受けた。

7  被告は、小林に対する東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第四、八一二号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づき、本件不動産につき同裁判所に強制競売の申立をしたところ(昭和四六年(ヌ)第一〇号不動産競売事件)、本件不動産に対してはすでに昭和四四年(ケ)第一、一〇六号不動産任意競売事件において競売開始決定がなされていたので、同裁判所は昭和四六年一月一三日右任意競売事件に記録添付をすることにより強制競売手続を開始した。

よつて原告は、本件仮登記の本登記をなすことにつき登記上利害の関係を有する第三者である被告に対し、その承諾を求めるとともに、被告より訴外小林義雄に対する債務名義に基づいて原告所有の本件不動産に対して開始されている右強制執行の排除を求め、かつ前記仮差押登記の抹消登記手続をなすことを求める。

二  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2および3の事実のうち原告主張の各登記の点は認めるが、その余の事実は不知。

3  同4の事実のうち登記の点は認めるが、その余の事実は否認。

原告が馬島力より譲受けた債権は、元本ではなく、利息及び損害金であり、抵当権付債権を譲受けたことにはならない。

4  同5の事実は不知。原告が本件不動産の所有権を取得したとの主張は争う。

5  同6および7の事実は認める。

6  (被告の主張)

原告の主張する本件代物弁済契約は、本件仮登記にかかる代物弁済の予約完結権の行使によるものではなく、別個になされた代物弁済契約である。したがつて右仮登記による順位保全の効力は及ばず、原告は、昭和四二年四月二二日本件不動産につき仮差押を得た被告に対し、本件代物弁済契約による所有権の取得をもつて対抗することができない。

三  抗弁

1  本件代物弁済契約は、原告と小林義雄との通謀虚偽表示によるものであり無効である。すなわち、原告は小林義雄の娘であり、原告への債権譲渡人である馬島力の妻であるが、馬島力には資力がなく、金仁栄から馬島力に、同人から原告に順次なされた債権譲渡とこれに伴う本件仮登記上の地位の譲渡は、仮にその事実があつたとしても、いずれも被告からの強制執行を免れる目的でなされた仮装行為としか考えられない。

2  本件停止条件付代物弁済契約は、債権の優先弁済を受けることを目的とし、権利者は清算義務を負担するという一種の担保契約である。ところが本件不動産については、訴外芝信用金庫の任意競売申立により昭和四四年一〇月二二日競売開始決定がなされ、また被告のために昭和四二年四月二二日仮差押がなされて、昭和四六年一月一三日本執行に移行し、右任意競売事件に記録添付がなされている。すると、原告としてはこの任意競売および強制競売の手続に参加して優先弁済を受ければ足りるのであつて、後順位債権者に対し、代物弁済を原因として所有権移転仮登記の本登記承諾を請求することはもはや許されないというべきである。

3  仮りに右主張は理由がないとしても、被告は原告から清算金として金四〇〇万円およびこれに対する昭和四二年三月一日以降完済まで日歩五銭の割合による金員の支払を受けるのと引換えでなければ、本登記の承諾に応じる義務がない。すなわち、小林義雄は、被告が訴外会社に対し昭和四一年一二月三〇日貸付けた四〇〇万円(弁済期昭和四二年二月二八日)、昭和四二年一月七日貸付けた三〇〇万円(弁済期同年三月七日)の合計七〇〇万円の貸金につき連帯保証債務を負担していたので、被告は、昭和四二年四月二二日右債権保全のため本件不動産に対し仮差押をなし、その後東京地方裁判所昭和四二年(ワ)第四、八一二号貸金請求事件において、小林は被告に対し貸金元本七〇〇万円および内金四〇〇万円に対する昭和四二年三月一日から、内金三〇〇万円に対する同月八日から各完済に至るまで日歩五銭の割合による遅延損害金を支払うべき旨の確定判決をえた。その後右元本の内金三〇〇万円およびこれに対する昭和四四年一月二一日まで日歩五銭の割合による損害金の支払いを受けたので、右確定判決に基づく残債権は、元金四〇〇万円およびこれに対する昭和四二年三月一日以降完済まで日歩五銭の割合による損害金債権となつた。ところで本件不動産の本件口頭弁論終結時における評価額は、およそ金二一、六三四、八〇〇円であり、これから優先順位者の負担を控除しても、被告は小林に対する前記残債権の全額につき支払いが得られるはずである。したがつて被告はこれと同額の清算金の支払いを受けるのと引換えでなければ原告の本登記承諾請求に応じられない。

4  原告の第三異議の訴が許されないか、少くとも清算金の支払と引換えでなければならないことは、前記2、3において本登記承諾請求について述べたところと同様である。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1の事実のうち、原告と小林、馬島力との身分関係は認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2のうち、被告主張のとおり競売開始決定、仮差押、本執行移行のための記録添付がなされたことは認めるが、任意競売や強制執行の手続が開始されると、本登記の承諾請求はできないとの主張は争う。

3  同3の事実のうち、被告主張の確定判決の存在および被告と小林との間の債権関係は認めるが、その余の事実は否認する。本件不動産の最低競売価額は一、三一〇万円であり、被告に優先する本件不動産の抵当権者である芝信用金庫の債権は約一、二〇〇万円、馬島力の債権は約五二〇万円である。したがつて被告は、その競落代金から配当を受けることはできず、原告に清算金支払義務はない。仮りにその支払義務があるとしても、原告は本件仮登記に基づく本登記をしてから、被告に対し清算をする予定である。原告はまず本登記をしなければ清算することもできない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  訴外小林義雄の所有していた本件不動産につき、昭和四二年二月一四日訴外金田仁栄こと金仁栄のために原告主張の停止条件付所有権移転仮登記(本件仮登記)がなされ、次いで昭和四四年一二月二二日訴外馬島力名義に、昭和四五年一月二七日原告名義に、いずれも原告主張のとおり本件仮登記の停止条件付所有権移転の附記登記がなされたこと、被告が昭和四二年四月二二日東京地方裁判所において本件不動産に対する仮差押決定を得て同月二六日その登記を受けたこと、被告が訴外小林義雄に対する請求の趣旨第三項記載の確定判決の執行力ある正本に基づき同裁判所に対し本件不動産の強制競売を申立て、すでに昭和四四年一〇月二二日に競売開始決定がなされていた訴外芝信用金庫申立の任意競売事件に記録添付の措置を受けたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

ところで原告は、小林に対し本件不動産を代物弁済により取得する旨の意思表示をしたことにより原告がその所有権を取得したから、本件仮登記に遅れる仮差押登記を有する被告に対し本登記の承諾を求めるとともに、被告が小林に対する債務名義に基づいてなした強制執行の排除を求めると主張するのに対し、被告は、本件停止条件付代物弁済契約は債権担保を目的とするものであるから、本件不動産につきすでに競売手続が開始せられている以上、原告としてはこの手続に参加して優先弁済を受ければ足り、被告に対し本登記の承諾請求や第三者異議の訴により執行力の排除を求めることはできない旨主張(抗弁2および4の点)するので、まずこの点について判断をすすめる。

成立に争いのない甲第一、二号証、証人小林義雄の証言によつて真正に成立したと認められる甲第三号証および同証人の証言に弁論の全趣旨を総合すると、金仁栄は昭和四一年一二月ころ訴外会社に対し、金三五〇万円を貸し与えたこと、翌四二年二月一〇日に訴外会社が倒産したため、同月一三日、その代表取締役であつた小林義雄と専務取締役であつた竹林弘の両名が右貸金債務を引受けて連帯債務者となり、かつ小林は、自己の所有する本件不動産に右債権担保のため抵当権の設定を約すとともに、債務不履行の場合には代物弁済としてその所有権を金仁栄に移転することを承諾し、同月一四日前示のとおり本件仮登記を経由したほか、抵当権設定仮登記を経由したこと、右代物弁済に関する約定は、本件仮登記には登記原因として「停止条件付代物弁済契約」と登記されているけれども、弁済期における債務不履行の事実のみによつて当然に代物弁済の効果が発生する趣旨のものではなく、後日債権者において抵当権の実行によるか、代物弁済の方法によるかを選択し、代物弁済を選択するときには、債務者に対し代物弁済として本件不動産の所有権を取得する旨の意思表示をすることによつて始めて代物弁済の本契約としての効果を生ずるとの趣旨のもの、すなわち代物弁済の予約であつたことが認められ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。そして、右認定の事実によると、右代物弁済の予約は、貸金債権担保のため、債務者が弁済期に債務を履行しないときに、債権者が予約完結権を行使して本件不動産の所有権を債権者に移転させる方式によつて債権の優先弁済を受けることを目的とするものであつて、債権者は、本件不動産を換価して得た代金または本件不動産の適正な時価の評価額から債権額を差引いてなお剰余のあるときはこれを債務者に返還すべき清算義務を負う趣旨の債権担保契約であると解するのが相当である。そして、このような趣旨の債権担保契約について条件付所有権移転仮登記を経由した債権者が、本件のように、本登記承諾請求または第三者異議の訴を提起した場合において、目的不動産について、すでに訴提起前に他の者から任意競売または強制執行手続が開始されているとき、ことに先順位抵当権者の申立によつてその手続が開始されているときには、右債権者は、その手続に参加して優先弁済を受けることによつて、その本来の目的を十分に達することができ、またこれによつて満足を受けるほかはないのであつて、それを超えて右換価手続の実行を妨げることができないのはもとより、後順位仮差押債権者ないしは後順位執行債権者に対して、担保目的実現の手段としての本登記の承諾義務の履行を、清算金の供託ないし支払と引換えに請求すること、あるいは後順位執行債権者の広義の強制執行(記録添付)に対し第三者異議の訴によりその排除を求めることも、もはや許されなくなるものというべきである。本件不動産について、昭和四四年一〇月二二日、訴外芝信用金庫の任意競売の申立により競売開始決定がなされていることは前示のとおりであり(成立に争いのない甲第一、二号証によると、芝信用金庫の根抵当権は本件仮登記よりも優先順位にあることが認められる。)前記金仁栄が有した債権者の地位を、馬島力を経て取得したと主張する原告が、本件代物弁済予約に基づき予約完結の意思表示をなしたことを理由に、被告に対し、本登記承諾を求め、あるいは第三者異議の訴により強制執行(これは、被告が原告の本訴提起後に申し立てたものであるが、本件の場合結論に影響はない。)の排除を求める本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、以上説示したところによりすでに理由がないものとして、排斥を免れない。

二  原告は、さらに、仮差押登記の抹消登記手続を求めるけれども、仮差押登記は、仮差押命令の執行として執行裁判所の嘱託に基づいてなされるものであるから、その抹消登記も原則として執行裁判所の嘱託によつてのみなされ(先順位仮登記権利者が仮差押債権者の承諾書またはこれに対抗できる裁判の謄本を添えて本登記を申請したときに登記官吏が職権で抹消するのはこの例外の一つであるが、この場合も、仮差押登記の抹消そのものは、登記官吏の職権によるものであり、当事者の申請によるのではない。)、仮差押債権者が登記義務者となつて抹消登記を申請することはできないから、被告に対してその抹消登記手続を求める原告の請求は主張自体理由がない。

三  結論

以上によれば、原告の請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、強制執行停止決定の取消およびその仮執行の宣言につき同法第五四九条、第五四八条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉田洋一 平田浩 宮瀬千恵子)

(別紙)物件目録〈省略〉

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